大日寺の歴史
大日寺境内には、千葉常兼から胤将に至る千葉氏16代の墓碑である五輪塔を安置しております。
五輪塔の奥にある多層塔には、「文安二年」(文安期:1444〜1448)の彫銘が見受けられますが、五輪塔の銘文は墓石の劣化が進み、判読は不可能な状況にあります。
しかし、鎌倉時代から室町時代のものだという確認はなされており、昭和35年に千葉市の重要文化財として「史跡千葉家十六代廟所」の指定を受けました。
大日寺
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真偽のほどは定かではありませんが、『大日寺縁起』によりますと、阿毘廬山密乗院大日寺は第46代孝謙天皇(在位749年〜758年)の勅願を受け、仁生菩薩が757年に開基されたと言われております。
戦前、大日寺は千葉神社の南側、現在の通町公園にあり、昭和20年の千葉大空襲において多大な戦災を受け、現在の地である稲毛区轟町に昭和26年11月に移転しました。この戦災により、大日寺にまつわる歴史を記した貴重な資料は焼失してしまい、戦前の当寺院の詳細を知ることは困難な状況にありますが、『社寺よりみた千葉の歴史』(原著者:和田茂右衛門 編集:千葉市史編纂委員会 千葉市教育委員会発行)の記載によりますと、文献や資料などから、大日寺は1254年に千葉介頼胤によって松戸の馬橋に創建され、1284年に頼胤の子、胤宗によって千葉に移されたという説が有力なようです
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大日寺と千葉家五輪塔